庭師の気合はハンパじゃない

「ミュージシャン」に関して、どのように感じているかな。「牛丼」とは、常識的にはどう思われているんだろう。べつに考察する気分になったわけじゃないよ。

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熱中してダンスする姉妹と壊れた自動販売機

隣のご主人がここ最近道具を持って釣りにいつもの場所に行ったらしいが、夕方までやっても少ししかあげれなかったらしい。
小魚があきれるほどいて、チヌ釣りが難しかったらしい。
だがイノコの40cmオーバーが釣れたらしいから、いいなと思う。
いつだったか、いただいて自分でさばいて食べたがとっても脂がのっていておいしかった。
おいしくて大物が釣れたと聞いたら釣りに行きたくなるが、また今度だ。

喜んで口笛を吹く母さんと紅葉の山
此の程、歴史小説を読みあさることはわずかになったが、1年前に水滸伝の北方版に魅了されていた。
別な作者が書いた水滸伝を軽く読んだ時は、つまらなくて、はまらなかったが、北方版水滸伝を読みとおしたときは、はまって、読むのが止まらなかった。
労働の休憩中や帰ってからの夕食中、湯船の中でも読んで、1日一冊ずつ読みとおしていた。
登場キャラクターが人間くさく、凛々しい登場人物がすごくいっぱいで、そういったところに心酔していた。

凍えそうな仏滅の深夜に散歩を

盆が間近になって、とうろう流しなどの催しが近くで実行されている。
近くの観光施設では、竹や和紙で作り上げられたとうろうが飾られていた。
付近の観光施設では、夜に電気の明かりはついてなくて、とうろうの照明だけというのは、大変素敵だった。
竹やすだれに囲まれてろうそくが光っていて、温和な灯りになっていた。
マイルドな光源がそのあたりの樹々を照らしていてとっても素敵だった。

雲の無い土曜の朝はお酒を
中学生の頃、両親は、私の人付き合いに対し大いに積極的であることを求めてきた。
一般的より遠のいてはいけない、など。
とても生きにくい時期だったと思う。
学校が過ぎると、ほぼ毎日作り話をハキハキと母に伝える。
そうすれば、嬉しがるのだ。
人と変わっていると、変わり者。
いつもこんなのばかり頭にあった昔の私と母親。
気の毒な過去だと今は感じる。

雹が降った月曜の午前に読書を

仕事の時間つぶしに、箱根の森美術館に入って以来、あの空間に病みつきだ。
思ってもいなかったのは、一人でのんびり見にきている方も多かったこと。
それからは私も、誰かと一緒じゃなくてもいけるし、誰か興味がある人に行くこともある。
江戸東京博物館は、企画展がすごくそれからは私も、誰かと一緒じゃなくてもいけるし、誰か興味がある人に行くこともある。
江戸博は、企画展示がすごくあの有名な横須賀美術館には、子供を描いた絵の多い谷内六郎の展示が数多くある。
彼は、有名な週刊新潮の表紙絵の芸術家だ。
他にも、鬼怒川にある、竹久夢二の美術館で、凄い量のポスターを買った経験も。
このように、絵にはいつも幸せな時を過ごさせてもらっている。

喜んで口笛を吹く子供と観光地
甘い物がめっちゃ好きで、ケーキや水ようかんなどをつくるけれど、娘が大きくなって作るものが制限されてきた。
私と妻が非常に喜んで食べていたら、子供がいっしょに口にしたがることは当然なので子供も食べられるケーキを私がつくる。
自分は、チョコ系がすごく好きなのだけれども、子供にはチョコ系のスイーツなどは小さなうちは食べさせたくないのでつくりたくてもつくれない。
ニンジンやバナナをいれたバウンドケーキが健康にも良いと考えているので、砂糖とバターを少なくして入れて混ぜて焼く。
笑顔でおいしいと言ってくれたら、ものすごくつくりがいがあるし、またつくろうと思う。
近頃、ホームベーカリーも使ってつくったりする。
そうしたら、簡単だった。
いつもは、自分で一生懸命混ぜるけれど、ホームベーカリーは、混ぜてくれるし簡単だ。

目を閉じて話す先生と擦り切れたミサンガ

自分の子供とのコミュニケーションをとればとるほど、子供はすごくなじんでくれる。
2歳近くまで、会社の業務がめっちゃヤバく、会うことがほとんどなかったため、たまたま抱っこしても泣かれていた。
実の親でありながらとわびしい心だったが、仕事の業務がめまぐるしいからとギブアップせずに、何かにつけ、休日に散歩に連れていくらようにした、抱きしめても、お風呂に入れても泣かれないようになった。
最近、出勤で家を出る時、俺が居なくなることが悲しくて涙を流してくれるのが顔がほころぶ。

よく晴れた月曜の夜明けは熱燗を
石田衣良という物書きに魅せられたのは、友達の愛ちゃんの紹介で。
「愛がいない部屋」という短いお話が納められた小説本が本棚に置かれていたから。
生まれ故郷の新潟の母が読んでいたものだそうで、それを米や果物と一緒に箱詰めにして送ってくれたとのこと。
その頃は全然世に知れていなかった石田衣良さん。
彼女はもともと自伝や自己啓発、雑誌などは買う。
逆に、所謂小説は気に入らないらしく、この本、私にあげる!という。
愛ちゃんのママは何を考えながら、石田衣良さんのこの本を手に取ったのだろう。

薄暗い週末の昼に微笑んで

太宰治の人間失格を読破して、葉ちゃんの感情も分からなくはないな〜と思った。
主人公の葉ちゃんは生きていくうえで必ず持ち合わせている感覚を、たくさん抱えている。
そんな部分を、内に隠さないでアルコールだったり女性だったりで発散させる。
最終章で、バーのママが「葉ちゃんは飲んでも飲まなくてもいい子だよ」と言う。
そこで、主人公の葉ちゃんは要領がよくないんだと、いつも可哀そうになってしまう。

気持ち良さそうにお喋りするあの人と読みかけの本
夏休みも半分ほどたった頃の夕暮れ時。
「缶ケリ」で鬼になった少年は、とんでもなくお腹が減っていた。
捕まえても捕まえても、カンを蹴られて捕まえた友達が逃げるので、もう今日のカンケリは終わらないんじゃないかとうなだれていた。
へとへとにつかれて家に帰ると、ドアを開ける前に、今日の夕飯が何かわかった。
メチャンコうまそうなカレーの匂いに、少年は幸せな気持ちになった。